
左の写真はパリの帽子工房で修行中の創業者渡邊利武。
横浜で修行を重ね、外国人たちのご要望に応える帽子を製作しながらその技を磨き、東洋人の骨格にあった木型を考案しました。こうした帽子づくりにかける情熱、頑固なまでの使い心地と素材へのこだわりが、今日のマキシンにも受け継がれています。
1868年に神戸港が開港され、外国人の自治区としての居留地が置かれたことから、西洋文化に接することの多かった神戸。西洋文化が生活に取り入れられる一方で、日本の伝統的な格式や礼儀作法も尊重されていました。当時外国領事館のご夫人方ご用達だったマキシンはやがて、人と違ういいものに敏感な神戸の女性たちを魅了していきました。
豊かな生活環境で培われた本物志向のマキシンの帽子は、時代が変わった今も、昔ながらの頑固な姿勢を貫き、女性の美しさを引き立たせています。
